Pesce家長崎に行く1

Bear foot Gen」は知っているか?

とマッシモが聞いてきた。

・・・・・・・

しばらく考えたのち「はだしのゲン」のことだと分かった。

「もちろん!小学校のころ毎年学校で映画鑑賞させられていたわ!」

イタリアでも、原爆のことは学校で学んでいるそうだ。

だから、きのこ雲のことも、放射能の影響のことも

ほとんど知っていると言っていた。

日本の学校でも全国で原爆について教育をしているわけではない

ようなので、それを聞いてちょっと驚いた。

「イタリアは原発を持たないと決めた国だから。」

とモニカ。

「だから、電気代がとっても高いのよ。」

少々電気代が高くついても、原発を持たない方がどれくらい

安心だろうか、と思う。

 

「せっかく日本に来ているのだから、ぜひ子供たちに原爆のことを

学ばせたいの。」

思いもかけず長崎の原爆資料館を見学するため、

長崎旅行をすることになった。

とはいっても、長崎に日帰りで行くというのは、決して楽な旅ではない。

というか、せっかくあそこまで行くのに、日帰りとは勿体ない。

でも限られた時間ではそれも仕方ないことだった。

幸い(?)車もあることだし、

片道3時間半の長崎行きの5人の旅を敢行することにした。

 

前日、マッシモは七山から唐津へ抜ける山道を運転して

左側通行に慣れる練習をした。

新緑の山道を、スムースなギア操作でなめらかに運転するマッシモ。

前の日まで何度もエンストを起こしていた車とは

まるで別の車のような走りだった。

途中牧場や棚田を通り抜け、25分くらいで「ななの湯」という温泉へ到着。

緑に囲まれた山の中の温泉でマッシモと子供たちは温泉初体験をした。

エンリコは水着を持ってきて直前まで手に持っていた。

「やっぱりこれは着ちゃだめ?」

モニカに諭されて最後は水着を手放した。

 

モニカは温泉が大好きで、天神のスタヂオの近所の温泉にも

2回通ってその気持ちよさを堪能していた。

ヒノキ湯に岩風呂、さまざまなマッサージ機能があるジェットバスとサウナ。

2人でたっぷり1時間半出たり入ったりして楽しんだ。

ななの湯は天神の湯よりもシンプルだが、

ウグイスの声が響き、ここちよい風がときどき吹き抜ける

岩風呂には木漏れ日がちらちらと反射していた。

緑の木陰でのぼせた身体をときどき冷ましながら

私とモニカはおしゃべりを続けた。

 

お風呂から上がったら、すでに3人は休憩所の畳の大広間で

くつろいでいた。

 

地元の食材を使った素朴な料理を出す食事処で

昼食をとることにした。

筍ごはんやふき、野菜のてんぷら、がめ煮、茶そばなど

純和食だったが、みんな美味しく食べていた。


ななの湯で食事をするPesce家

そこから30分程度で唐津市の中心部へ。

唐津焼きの展示場で焼き物の好きなモニカは熱心に

器を手に取ったり写真に収めたり。

その後唐津城へ向かい、お城の最上階から唐津湾の砂浜と

美しい虹の松原の景色を楽しんだ。

 

アウトドア派のPesce家はお城の下に広がる

白い砂浜に惹かれたようで、お城から降りてきて直行。

しばらく砂浜を歩いて石や貝拾いに夢中になった。

ピンク色の浜夕顔が砂浜を埋め尽くし、

その向こうに緑と黄色と赤のTシャツを着た3人が

歩いている姿は美しかった。

すばらしいお天気にも恵まれ、

「わたし、ほんとうに幸せだと思う。」

「こんなに美しい風景が未来もずっと続いたらいいのにね。」

「ずっと先の子供たちにもこの美しいのどかな風景を残してあげたいわね。」

 

そんな会話を、夕暮れの海を眺めながらモニカと交わした。

 

 



5000年前の遺跡

 Clevancyを後にして
Annと一路Aveburyへ。
車を走らせて20分くらい行くと
なだらかな丘の斜面に白い馬の形が浮き上がって見えてきた。
「あのホースはチョーク(白墨のこと。胡粉。)の白よ。
表面を削って下のチョークが見えているの。」
このあたりの丘はChalkで出来ていて、地面を削ると
白い胡粉の層が現れるという。
石灰の白ではなく、胡粉とは驚いた。

Stone Circleで有名なAveburyはとても小さな村で、

Avebury一周1.5キロくらいの
円形の溝が掘られている。
深さ9m。

約5000年前に作られたと言われている
ヨーロッパでも最も古い
ストーン・サークルである。
なぜこのようなものを苦労して作ったのかは
まだわかっていない。

上の円形の中にぐるっと101個の石が並んでいる。
内側にも30個の石で出来た小さな円が2個ある。
大きいもので7mの高さがあり、
10トンから100トンの巨大な石ばかり。

巨大な岩

かの有名なストーン・ヘンジの14倍の大きさという。

ストーン

寒いなか、大勢の観光客がこの遺跡を散策するための道を
歩いていた。
途中円周の堤防の上の道は
白い胡粉が表面に出ていて
雨の後で靴には白い粘土質の胡粉が
べっとりとくっつき、
とても歩きにくかった。
チョークの道白いのは胡粉の道。

ちなみに、胡粉とは
貝殻の粉。陶芸の釉薬や
日本画の白または下地として使う。

海底に沈んだ貝の死骸が堆積して
出来た層。

粘土質の上に生えているからだろうか。
木の根っこが表面にすごく広がっていて
まるで芸術作品のようだった。

木の根

この周辺の穀物畑には
4月頃から9月上旬ごろまで
Crop Circleもたくさん現れるそうである。
あの、ミステリー・サークルである。
実物を見てみたいと思った。



春の気配?

 Paddington駅から西の方面へ列車で1時間足らず、
Chippenhamと言う駅でAnn Hechleと待ち合わせた。
その日はちょっと風が強かったけれど
北の空にはときどき青空が見えて、まずまずのお天気。

Annの運転する車でイギリスの田舎道を走り抜ける。
かやぶき屋根の古い家があちらこちらたくさん見える。
私は歓声を上げながら窓の外の美しい景色に釘づけだった。

茅葺屋根の家茅葺の農家
かやぶきの大きな屋根大きな茅葺の屋根

訪れたところは
Clevancy Farm。
Carolineというカリグラファーが
年に数回、いろいろなカリグラファーのWSを
企画開催している。
Annもこの3月に週末2日間のWSをすることに
なっていて、
その打ち合わせをしていた。

マルボロ平原Clevancyからの
マルボロ平原
の眺め

見渡す限りの広い平原の眺めはすばらしかったけれど
まだ風は冷たくて、あまり長くは外にいられなかった。
と、Annがうれしそうな歓声をあげた。
「Snowdropがもう咲いているわ!」

スノードロップ遠景
スノードロップ1

白くて可憐なすずらんのような花の群生が
庭のあちこちに見えた。
Annはまるで少女のように
Snowdropの花を見てはしゃいでいる。
「まだ寒いけれど、これを見ると
もう春を感じるわね〜」

イギリスの春の訪れを初めて感じる体験だった。




久し振りの快晴

 日曜日はとてもいいお天気になった。
気温も9度近くになるらしい。
これはどんな用事があろうと
家の中にいるわけにはいかない。

ヨーロッパ人が、天気がいいと、
競って肌を露出して太陽を浴びようと
する気持ちが、やっと私にもわかるように
なってきた。
肌を露出するには寒すぎるが
外に出かけずにはいられない気持ちになる。

そこで以前から気になっていた
ショッピングモールまで
歩いていくことにした。

途中までは、気持ちのいい
遊歩道がずっと続いている。
小川沿いに木々が茂り、ちょっとした公園、
ベンチなどが点々としていて、
ジョギングや散歩、犬を連れた人などと
頻繁にすれ違う。

冬の公園冬の公園

途中、市民農園が歩道沿いに続く。
この時期なにができるのだろう?
とのぞいたら、芽キャベツやホウレンソウ
寒さで溶けたレタス、豆など少し見られた。
でもわらを敷いて土地を休ませているところも多かった。

自分で野菜を育てるのが最近ロンドンでも
流行っていると以前BIG ISSUEの記事にあった。

市民農園

芽キャベツ芽キャベツ

ローマ水道のような地下鉄の地上線をくぐり抜け、
tubeの橋

凍った池凍った池の横を通り、





けんかする鴨鴨の喧嘩に遭遇






1時間半が過ぎたころ、やっと目の前に
mallの巨大な建物が見えてきた。
ところがNorth circular という東京の環状線のような
道路が立ちはだかっていて、歩行者は渡ることができない。
唯一地下道があったが、なんと、水がたまっていて
通り抜けられそうにない。
仕方なく、道路にそって渡れるところを探して
300メートルほど歩いた。
やっとSubwayの標識が。
こっちでは地下道をSubwayと言う。

やっと到着。ふぅー。

brentcross mallBrentcross shopping mall


中は期待していたほど面白くなかった。
日本やアメリカのショッピングモールもそうだけど
金太郎あめのように、同じようなデパートや
お店やレストランばかり入っていて、
地方色なんか全くといっていいほど
感じられない。

brentcross mallモールの中


おなじみのマツバラ、Marks & Spencer
John Lewisなど。
もちろんStarbucksカフェもある。

パン屋素材にこだわっているという
パンやさん




Banana republicBanana Republic店内の
ディスプレーに『木活字』
発見!


木活字すごくかっこいい

この店は他に古書を何冊も
使ったディスプレーもあった。
カリグラファー好みのディスプレーばかりだ。

帰りはバスに乗った。
15分足らずで家の近所に着いた。
久し振りに人ごみの中での買い物だった。





海辺の町Brighton1

 ロンドンへ来て、初めてロンドンから離れて短い旅にでた。
朝10:36ヴィクトリア駅発の快速でロンドンからちょうど真下の南にある
海に面した街ブライトンを目指す。
2つの駅しか止まらなかったので、50分くらいであっという間に到着。
当日駅でチケットを買うと往復£21もするらしいが、
2日前にネットで予約しておいたので、一人往復£6という格安チケットで行けた。
座席は自由席でどこにでも座れる。
当日はいいお天気にも恵まれ、駅に降りたとたんに、
明るい南の雰囲気がすでに漂っていた。街からの海の眺め

駅前の大通りをまっすぐ歩いて下っていくと、もう海が見え始めていた。
古い町並み
途中古い町並みも残っていた。






歩いて15分ほどでBrighton Pier(ブライトン桟橋)に着く。

待ち合わせの時間の12:30までまだ20分ほどあったので、
周りを歩いて回ってみた。
ブライトンピアー
ほとんどが観光客で、イギリス人意外のヨーロッパ人
や日本人やロシア人、アラブ系の人々も見受けられた。

時間がだんだん近づいてきた。
本当に待ち合わせの人はくるだろうか。
ちょっと心配になる。
心臓がドキドキしているのがわかった。
もし来なかったら、連絡の取り様がないので、
会えないからだ。
うっかりして、相手の住所も電話番号も控えて
きてなかった。


Pesce家長崎へ行く2

 

長崎へ出発の朝は早い。まだ完全に時差ぼけを解消していない子供たちは

早起きが苦手だが、なんとか予定の8時に出発。

前日ドライブしてもうほとんど日本の道路事情を理解していたマッシモは

快調に飛ばしていた。

すっかり慣れた様子で

運転するマッシモ

 

唐津から有田までの1車線はトラックが先頭を行き、のろのろ運転。

 

あまりの遅さにマッシモはびっくり。

イタリアでは考えられないスピードのようだ。

道路標識に40キロとあるのを見て

Inpossible(不可能だ!)

と繰り返す。

ヨーロッパは街中ならともかく、一般的に60キロくらいは出してもいい。

高速だったら100キロ以上。

もっと実質的な制限速度にして、ちゃんと守らせるようにした方がいいと思うのだが。

以前アメリカで車に乗っていた時、曲がりくねった道の制限速度は

本当にその速度以上出すと、危険だと感じた。だから、逆に標識の速度を

きちんと守れば安全だということになる。

必要以上に遅い速度で規制するのはおかしいと思う。

 

伊万里を過ぎ、佐世保、そして西海橋の手前でトイレ休憩。

長崎市内に入ったのは11時をずっと過ぎていた。

いよいよ街中で車も増え緊張(私が)してきた。

マッシモは全く落ち着いたものである。

しかし、長崎の町を知らない私のナビはかなり危険だ。

一方通行の道が多いのでうっかり間違って入ったら大変。

平和公園の下の駐車場に行きたくて

ぐるっと回ってやっと辿り着く。

みんな本当に疲れた(と思う)。

ここの駐車場は午後8時まで最大600円とお得なのだ。

上に出ると平和記念像の前に出る。

修学旅行の学生であふれていた。

韓国からの学生も多く、ちょうど像の前にひな壇に並んで記念撮影していた。マッシモを見つけてみんな元気に「Hello!」と手を振るので、

マッシモも手を振って答えると、さらに元気に両手を振って

はちきれんばかりの笑顔で韓国の女学生たちが何か叫んでいた。

マッシモが彼女たちにカメラを向けるともう大変。

蜂の巣をつついたような大騒ぎになって、

みんなすごい勢いでアピールしていた。

なんとも元気のいい彼女たちだ。

マッシモはまんざらでもなさそうだった。

 

私たちが歩いて行く間、たくさんの学生たちとすれ違ったのだが、

みんな「Hello, Hello」と声をかけられた。

西洋人はみんなアメリカ人に見えるらしい。

マッシモはとってもサービス精神が旺盛だ。

イタリアなまりの英語で「How are you?」と返してやると、

話しかけてきた日本の女子中学生は「I’m fine think you!

と興奮しながら教科書通りに返していた。

 

今回の旅行の目的である原爆資料館に入る。

館内ではぺルパウロが盛んに写真を撮っていた。

モニカは展示パネルの文章を熱心に読んでいた。

当時のアメリカのトゥルーマン大統領の言葉

「アメリカの数千の若者を救うために原爆を落とした」

というくだりを読んだ時モニカは絶句していた。

そのようなことが許されていいのか、と。

子供たちはなにか感じとってくれただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さな食堂でちゃんぽんを

いただく。

お昼にちゃんぽんを食べて、市電に乗って寺町へ移動。

WSにも来てくれた長崎のH嬢に案内をバトンタッチした。

実は長崎が不案内な私は、原爆資料館を出たところで

彼女にヘルプの電話をかけたのだ。

もうお手上げだった。私にはとても彼らを案内することはできないと思った。

自分がどこにいるのかすらわからなかったのだから。

 

寺町電停でH嬢を見つけた時、本当にほっとした。

案内の責任から逃れた瞬間、

「とてもリラックスして見えるわよ。」とモニカに言われた。

よほど表情がこわばっていたのだろう。

やっと長崎の町を楽しめる余裕ができた。

すると、そこは何度も来てよく知っている商店街だった。

ウインドーショッピングを楽しんだ後、おいしいコーヒーを出してくれる

小さなカフェに案内された。

そこは細い路地に椅子と台が置いてあり、空の下でいただく。

しかしそのコーヒーはとてもおいしくて、マフィンとブラウニーも手作り。

値段はとても良心的で、安いカフェ並みかそれ以下の値段で一流の味だった。

 

長崎はカトリック教会で知られているが、実はお寺もたくさんある。

教会がたくさん建てられていくのに反発して

仏教徒も頑張ってお寺をたくさん建立したのだと、H嬢が話してくれた。

その寺町に行くには長崎の街中を流れる中島川の石橋を渡る。その数12。

なぜこれほどまでに石橋が多く掛かっているのか。

それもお寺に行きやすいようにとの配慮かららしい。

 

路地に立ち並ぶせまい間口のお店や料理店を覗きながら歩いていると、

昭和レトロ風の懐かしい店構えのおでんやがあった。

モニカはすっかり気に入ったようで、ちょっと入りたいと言う。

そこでちょっとおでんをつまむことにした。

 

まるで映画のセットのような

お店のたたずまい。

 

日本的な料理「おでん」を

味わうPesce家

 

モニカたちはもちろんおでんは初めて。

選ぶといっても何なのか分からない彼らの代わりに

私が適当に皿に取ってあげることになった。

しかし、なにが食べられるのだろうか???

無難な大根、厚揚げ、そして巾着などを

皿に盛ってあげた。

幸い、どれもおいしいと言って食べてくれた。

 

平和記念公園の駐車場を出たのは6時過ぎ。

マッシモの運転する車で、今度は途中まで高速を使って帰った。

私のいい加減なナビも、マッシモのすばらしい

ドライビングテクニックがカバーしてくれたので、

9時前には無事に銀河荘に辿り着いた。

(本当に途中の道は私すら知らなかったので、

真っ暗な田舎の夜道を左側ぎりぎりに川

があったりとひやひやの連続だった)

 

子供たちは車の中では喧嘩もせず、ずっといい子だった。

時々ぺルパオロがかわいい声で歌っているのが聞こえてきて、

なごんでしまった。

役者志望だけあっていい声しているかもしれない。

 

とにかく、みんな怪我もなく無事に帰ってこれて

本当によかった。

 


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