Museo Correrでのオープニング1

 10月1日午後5時すぎ、
小雨が降っていたVeniceも、その頃には雨があがり、
イギリスよりも暖かい空気に包まれていた。
観光客でにぎわう通りを、Ewan、アメリカから来たDavid,
Ashok, Paolaと彼女の7歳の娘、Paolaの夫
(小柄で細くて、黒のスリムパンツがとっても良く似合うおしゃれな人)
と一緒にサンマルコ広場の一角にあるコッレール博物館へと向かった。
とにかく狭い路地では人が多いのですれ違うのも大変。
途中ではぐれないように必死でついて行く。
25分ほどで到着。
会場のギャラリーは大勢の人の熱気でとても暑い。
みんな招待状や扇でぱたぱたと仰いでいる始末。
着物で早歩きをしてきた私はすでに身体があたたまっていたので
一気に汗をかいてしまった。
美術館の館長のような男性がイタリア語で長ーいあいさつをした後、
モニカがやはりイタリア語であいさつ。

ギャラリーで作品を鑑賞するEwanとDavid

DavidとAshok
Ashokはインドのハレの場で着る衣装を
身に着けていた。
彼の双子の弟の結婚式に着たという。

会場は5部屋に分かれていた。
一部屋ごとにテーマがあり、この部屋は
モニカの作品と真ん中に置かれたテーブルには
空押しの木活字が押された紙が広げられていて、
誰でも自由に書き込めるようになっていた。


THE POETICKS OF WRITTEN SPACE
handwriting and calligraphy
というタイトルの通り、いろいろな国から
いろいろな言葉の作品が集まっていた。

ドイツのMari Emily Bohley

ロ―ハンプトンで学び、ドレスデンでギャラリー
をオープンしてカリグラフィーとブックバインディング
を教えている。

作品の展示の仕方もおもしろい。

流木(?)を表紙にしたブック

イタリア在住のフランス人Dominique Pinchi

彼はカリグラフィーのバックグラウンドはなく
文字をモチーフにした作品を多く創作。
イタリアとフランスを中心に活躍している。

Dominiqueのブック

Ashokの衣装はとても美しくて、
大勢の中でも目立っていた。
裸足でサンダルをはいているので
かかとがこすれて痛かったらしいけれど。

フランスのアーティスト
Kitty Sabatier

アーティストでありカリグラファーでもある。
かなり抽象的に文字を用いているようだ。

ドイツ人のBirgit Nass

カリグラファ―、アーティスト。
学校でカリグラフィーを教えている。



これは現代アーティストの作品ではなく
Violet Fenton Rava(1940年)のもの。
現代アーティストの作品のように
カッコよかった。

アメリカ人でブルージュ在住の
おなじみBrody Neuenschwander

1人3点までのはずが、なぜか彼は1人で
7点も出展していた。ひと部屋の半分を
Brodyの作品が占めていたので、
「まるで彼の作品展みたいだね。」
とEwanが笑いながら言っていた。

Torsten Kolle(ドイツ)
グラフィックデザイナーであり
レタリング・アーティストでもある。

そして、大きなブックのページのイメージで
書かれていた連作はモニカによるもの。



ごらんのようにとても国際色ゆたか。オープニングパーティーには
ドイツやフランス、イギリスなど遠くからもたくさんのカリグラファーや
アーティストたちが駆けつけていた。
残念ながらBrodyの姿はなかった。
このオープニングのためだけに来たというドイツのカリグラファー
(以前サンダーランドで一緒のクラスだった)にも会えて、とっても感激。


退官記念展覧会

 恩師のT先生が来年退官されるのを記念して
福岡市美術館で個展を開催されていた。

短大生の時から、現在講師としてお仕事をさせていただくにあたって、
とってもお世話になった先生である。

先生は私が現役の短大生時代から
コンピュータ・グラフィックスに取り組んでこられた。
その当時はまだコンピュータは珍しく、
授業はおろか、私など触ったこともなかった。

今は本当に多くの人がCGを楽めるようになったようだが
(私は楽しんでいないけれど)
20数年前からずっと続けてこられた先生の
作品をまとめて拝見するのは
これが初めてだった。

お孫さんの絵をとりこんで
コラボレーションした作品が
たくさん並んでいた。


このバックの文字は・・・・!

ローマに旅行されたときに
たくさん碑文文字の写真を
撮ってこられたそうである。

碑文文字と現代の子供の絵が
違和感なく溶け込む。

プリミティブな文字だからこそ
プリミティブな子供の絵が
しっくりマッチして見えるのだろうか。

手書き文字とCGのコラボが
いつか実現できると面白いな〜。


島田美術館

 怒涛のような短大の集中講義が終わり、
[3時限2日と4時限2日(1時限90分)]
スタヂオでのスライドショーとTea Partyも済んで、
ちょっとほっとする。

思えば、帰国前1週間くらいから
ほとんどゆっくりと寝ていなかった。
帰国したら、毎日自転車操業で講義の資料作りや
スライド作りをしていた。

綱渡り的な準備に我ながらあきれてしまう。

12日の夜は久しぶりに睡眠らしい睡眠をとり、
翌朝午前6時ごろ気持ちよく目覚めた。
といっても汗をびっしょりかいて。

汗をかいて目覚めるなんて
イギリスではまず考えられない。
真夏でも(真夏という言葉すらほとんど耳にしない)
うすい布団は必要。
どうかしたら、夜は肌寒く感じる。
夏に九重に行って温泉旅館に泊まった時に感じた、
あのすがすがしい朝の空気の冷たさと
ちょっと質は違うけれど
そんな感じだろうか。

そんな夏の福岡の蒸し暑さを
かみしめながら、熊本行きの高速バスに乗った。
ポンテ会員のS嬢が「島田美術館」というところで
個展を開催している。

立派な門構えの島田美術館

ちょうど個展にはいい感じの広さ。
カリグラフィー作品は初めて見る
という来場者がたくさん訪れていた。
こういう活動によって
熊本の美術愛好家の間にも
カリグラフィーの認識が
広まるのだと思う。


熊本ではもともとカリグラフィーの愛好会comodoがあり、
毎年展覧会を開催して、地道な活動を続けてきている。
少なからずもカリグラフィーを愛する人たちが
そうやって活動をずっと支えているということが
とてもうれしい。


エンボスも美しい











古本をくりぬいた中に
アクリルの容器を入れて
水をはった水面に映っていたのは・・・

ゆらゆらと揺れる白い文字。

上を見ると、天井にオーガンジーの
布が。布には白い文字が書かれていて。

会場は白と透明な質感のものばかりで
ディスプレーされていた。

オーガンジー、Tissue paperには
書いたり、印刷したり。


作家もはかなげなイメージのS嬢。
今後も末長く活動を続けてくれることを
期待しています!

帰りは雨も上がり、(来た時は雨だった)
バスに乗ってバスセンターへ。
せっかくここまで来たのだから、と
桂花ラーメンを食べて帰る。

夏にぴったりのさわやかな展覧会だった。

William Morris Gallery

 カリグラフィー友達のManishaに誘われて、
William Morris Galleryへ行ってきた。
ちょうど特別展として
"Calligraphic Masterpieces"展が開催されていたからだ。

場所はちょっとわかりにくい場所で、
WalthamstowというVictoria lineの北の終点駅から
歩いて15分程度だが、迷ってしまい約束の時間に20分も
遅れてしまった!

William Morris Gallery

モリスと言えばV&A museumが有名で
展示作品も充実しているのだが、ここはモリスのすべて
(デザイナー、クラフツマン、作家、社会主義者そして
アーツ・アンド・クラフツ運動の保護論者)を網羅している
唯一の公の美術館とのことだった。

建物自体はこじんまりとしていたが、趣のあるヴィクトリア調で
人も少なくてゆっくり見られた。




"The Story of the Dwellers at Eyr"
モリスが最初に書いた写本
(1869-70)

"Three Icelandic Sagas"
(1873-74)
このMSの文字は初めて書いたMSと比べて
かなり上達しているのがわかる。
モリス自身も満足のいく出来だったようだ。
特にilluminated initialのWhite vineが凝っている。


"Odes of Horace" (1874)
テクストをモリスが、装飾を
エドワード・バーン・ジョーンズが担当。
金と銀のgildingの文字と青と緑の装飾
が印象的。


未完成の"Odes of Horace"



有名なWall Paperの木版

Wall paperの原画を方眼紙に
描いたもの。

各展示室はかなり照明が
落としてあった。

"The Works of Geoffrey Chaucer"
のファクシミリ版があり、お願いすると
出してくれる。
自由にめくってみることができた。

マージンの装飾とイニシャルの
装飾はいつ見ても見ごたえがある。

この日ManishaはパートナーのMartinと一緒に来ていた。
彼はドイツからケンブリッジ大学に留学して卒業後
イギリスの大学で教えていたが、
今は事情があり失業中。
ロンドンやドイツの大学の面接をあちこち
うけまくっている。

インド人のManishと
ドイツ人のMartin

この後一緒にManishaの家に行って
インド料理を習いながら一緒に作った。

「大きな音に驚かないでね。」
と言うので「?」と思っていたら、
乳鉢の中でたたくように荒切りしたニンニク
などを潰しだした。とても大きな音をたてて。
「インド料理は大きな音がでるのよ。」
とManisha。
スパイスやしょうが、ニンニクなどは
すべてこの乳鉢と乳棒でつぶして使う。
とても香ばしい匂いがして食欲をそそる。

今回はダール豆のスープと
カッテ―ジチーズ(Paneer)
を使った料理を作った。

スパイスを入れる順番や
タイミングなどは実際に
作っているところを見ないと
なかなかわからない。

初めて、本格的な北インド料理を習った。
スパイスの香りが生きているという感じ。
ダール豆のスープも、ニンニクの香ばしさ
と他のスパイスの絶妙な味加減がなんとも
言えなかったが、
思ったよりあっさりしていた。

モリス展とインド家庭料理という
これだけでも十分面白い1日だったが、
そのあと、帰りの列車で出会った若者が
強烈だった。
高校生くらいの青年6人連れが隣のコンパートメントから
声をかけてきた。
「ニホンジンデスカ?」
上手な日本語である。
なんでもアニメと友達に習ったという。
かなり日本語で会話ができる。
アニメの影響あなどるなかれ。
平仮名と片仮名もほぼ読み書きできるという。

この青年のいでたちがすごかった。
おもいっきり70年代のヒッピーしていた。
これからロンドンブリッジでロックバンドの
ライブがあるという。
でも彼らはLSD(ビートルズの歌で有名な麻薬)をやっていて
見るものすべてが動いて見えて、きれいだと言っていた。
頭は全くはっきりしているといっていたけれど。

最近イギリスの学生の間で麻薬が流行っていて
問題になっているとラジオで言っていたけれど、
ほんとうらしい。
でも感じのいい子たちで、
会話を楽しんでいたら、あっという間に終点の
Euston駅に着いた。
こういう若者が日本に興味を持って
いつか日本を訪れて親日家になったりするのだろうか。
そういう人は増えて欲しいな、と思う。


PIECE WORK FRIENDS 2010 3


 アイルランドはイギリスのすぐ近くにあり
風土や食事、文化や国民など、とても近いのかと思っていた。
が、そうでもなかった。
たしかに、食事はFish & Chipsとか、ポテトが主食というところは
とても似ているけれど、味はこちらの方がずっと美味しいように思えた。
そしてなにより、民族が違う、ケルト民族の末裔ということを
しみじみ感じさせられた。

アイルランドで初めて口にした、
その名も"Breakfast Roll"
English Breakfastの中身
(ソーセージ、ベーコン、卵焼き)
がパンにはさんである。

人々はとてもフレンドリーで、街を歩いていても
すれ違う人みんなが”Hello,How are you?......."
と声を掛け合う。
顔見知りもいれば全く知らない人もいる。
Staciaがまるで旧知の仲のようにいろんな人と話しているのを見て、
「今の人は知り合い?」
と聞くと、「ううん、全然しらない。」と。

街を歩いていたら、すれ違う若者(10代くらい)たちはみんな
"Hello!"と声をかけてくれた。お年寄りも。
カフェに行くと、隣に座っていた人からも話しかけられる。
バスや列車に乗ると、隣の人たちとずっとおしゃべり。
イギリスとの過去の暗い歴史の話しから、フットボールのこと、
経済のことなどいろいろ。
とってもきさくで、陽気で、まるで日本の昔の田舎のような感じ。

車窓から見えた
空が広いアイルランドの田舎の
風景。
牧草の塊が転がっていた。
思わず「汽車にのって」
の歌詞「汽車にのって、アイルランドのような
田舎へ行こう♪」
と口ずさんでいた。

フェリーと列車を乗り継いでの丸1日がかりの旅だった。
フェリーでカッコいいTattoをしたおじさんを見かけ、
思い切って声をかけた。
とても気さくに写真を撮らせてくれた。

(Tattoはとてもポピュラーで、男性だけでなく
女性も腕や足などワンポイントや凝ったものなど
ファッション感覚で入れている人をたくさん見かけた。)

右腕にドクロのTatto,
左腕にCeltic knot。

ケルト模様はどこにでもあるよ、
と気さくなケルト民族末裔らしいおじさん。
仲間としゃべっていた言葉は理解できなかった。
きっとアイリッシュだったに違いない。
「写真を撮らせてくださいますか?」
と尋ねると、「こっちの方?」と
ドクロを見せたので
「いいえ、ケルトノットの方!」
とあわてて答えた。

フェリーは車もたくさん載せていて、かなり大きかった。
お盆の里帰りのように家族連れでごった返していた。

アイルランドが近付いてきた時に
見えた断崖絶壁の上の街。
Dublin港から長ーい(数キロはあった!)
防波堤が伸びていて、
先にかわいい灯台が建っていた。

フェリーの中の椅子をよく見ると・・・・・
なんとカリグラフィックな文字の織り模様が。

とてもシャープなイタリック体の
織り模様の上に、
カーシブなラインの文字が重なっていた。


作品展の会場はオープニング直前まで
飾り付けが終わっていなかった。
来場者も手伝ってくれて
なんとか形になった。



大きい作品がStaciaの作品。
下の小さい作品が今回の12名の
アーティストたちの作品。
左2点が私。

空からたくさんの鶴が降ってくるようだった。
Staciaの小作品。小さい色紙に書いていた。
丸のひとつひとつが被爆者の魂。

天井から下がった鶴に日が当たり、
壁に美しい影を作っていた。



PIECE WORK FRIENDS 2010 2

 この展覧会はもともとStacia Blake(アイルランドのアーティスト)が
数年前からずっと取り組んでいる
被爆者の鎮魂の祈りを込めた抽象絵画シリーズから発生している。
彼女の作品のなかの無数の丸の数はひとつひとつが原爆で亡くなった人々の
魂の数であり、すべての魂の数を描き終えるまで
彼女のこのシリーズの制作は続く。

Stacia Blake
作品を持って脚立に立っているところ

今回初めて、他の賛同するアーティストにも声をかけ、
グループ展という形でこの「PIECE WORK FRIENDS」展を開催。

今後アイルランドのみならず、ヨーロッパや他の地域での
開催も考えているという。
ちなみに来年は54名のアーティストと開催することが
決まっていると言っていた。

日本人ではないStaciaがなぜこれまでして被爆者の鎮魂の気持ちを
表現しようとしているのか、最初は不思議で仕方無かった。
話せば話すほど、彼女の中にある日本人もしくは
日本へのあこがれのようなものを感じた。
いや、あこがれというよりは追慕かもしれない。
食事は毎日朝ご飯を炊いて、めったに小麦を口にしない。
日本茶がなにより大好きで、そばやみそ汁も大好物。
納豆、梅干し、そしてわさびも大好き!
現代の日本人よりも日本的な食生活をしているかも。




PIECE WORK FRIENDS 2010

 今アイルランドのAthy(アータイ)という街で
広島と長崎の被爆者の追悼のためのグループ展が
開催されています。

僭越ながらポスターを書かせて
もらいました。

PIECE WORK FRIENDS 2010
というタイトルで、
アイルランドや他のヨーロッパのあらゆるジャンルの
アーティスト12名がStacia Blakeの呼びかけに応える形で
作品(20cm×20cm)を2点ずつ出展しています。

会期は8月5日〜31日まで。
会場はAthy Community Arts Centre.
もとチャペルだったようで、天井がすごく高くて
素敵な空間です。

作品展会場
高い天井から巨大な折鶴をつるす作業は
大変でした!

作品は会期後、それぞれ1点ずつ広島と長崎に送られます。
詳しくはこちらのサイト(P26とP27)をご覧ください。



Old Chapel Farm 3

 2日目の夕食は外でバーべキュー。
何か所もあるBBQ場のうちの1か所に
みんなでテーブルを持ち出し、
サラダ、デザート、飲み物、お皿などを用意して
あっと言うまに準備完了。
風向きによって
けむたい場所も。

Kevinが地元の農家が作ったという
ソーセージとベーコンを焼いてくれた。
ベーコンは臭みや匂いが全くなくて、
とても柔らかく、今まで食べた中で
文句なく一番おいしいと思った。

お互いの国の話しに花が咲く。

ここでもそれぞれの国の話しに
みんな盛り上がった。
アメリカから来ていたRachalは
「他の肉はともかく、ポークはイギリスが
絶対美味しいわ。アメリカではポークを
食べない方がいいわよ。
何を食べさせているかわかったもんじゃないわ。」

ここの農場で飼っている羊。

その日のランチの後、
スペインから来ていたJordiが
外のベンチでギターを弾き始めた。
すると、それを聴いたJohnが
飛んで出て行った。
間もなく2人のセッションが始まった。

JohnとJordi、
ギターとアコーディオンの
即興セッション。

最終日の午後、ローカルのBee keeperが80人ほど集まって
Tea partyをするという。
このあたりの農家は養蜂をしているところも多い。
最近の世界的なミツバチの減少は
ここWalesでも例外ではなく、
Old Chapel Farmも今年は蜂蜜が採れなかったそうだ。
「うちは農薬も使っていないし、
鉄塔も立っていないから(電磁波)、理由が分からないよ。」
とKevin。
しかし、いろいろな理由が複雑に絡み合っているのだろう。

それにしても、80人ものBee keeperが集まっている様子は
一種異様だった!

これからミツバチの様子を
見に行くところ。

そして、そのあとみんなで持ち寄った
ケーキやサンドイッチ、スコーン、などなど・・・
あふれるほどのおいしそうな食べ物を並べての
Tea partyが始まった。

ごちそうが並んだテーブル。

台湾から来ていたErin。
同じアジア系ということで
私にとっても親しみを持ってくれた。
おじいさんとおばあさんが
日本語がぺらぺらとのことで、
彼女も「桃太郎さん」
の歌をとっても上手に歌った。


他の国の若者が
「どうしてErinのおじいさんとおばあさんは
日本語が話せるの?」
と尋ねたので、私から台湾と日本の関係について説明。
占領軍が台湾の学校教育をすべて日本語で行ったという話しをした。
Erinは全く気にもかけていない様子で
にこにこ話しを聴いていた。
よかった!(ちょっと緊張した一瞬だった)
ドイツの子は興味深そうに聴いていた。
さすがはドイツ。

毎朝びっしょりに濡れていた
レトリーバーのBlamble。
本当に泳ぐのが好きみたいで
真冬で池が凍っている時でも
氷を割って入るというから
驚いた。

2泊3日の短い滞在とは思えないほど
多くの人と交流をし、たくさんの新しいことを知った。
こんなに密度の濃い時間を過ごしたのも
久しぶりかもしれない。

ここOld Chapel Farmには
また是非訪れたいと心から思った。

ブルーベリーを摘むFran。

今回彫った文字。
これだけ彫るのに
約14〜5時間も
かかってしまった!
右手はしびれて左手も
指先の感覚がなくなっていた。
まだまだ余計な力が入りすぎている。


Old Chapel Farm 2


 今回先月に続いて、
再度Lettercarving WSに参加。
1回ではまだ自信を持って文字を
彫ることができないと思っての参加だった。

Old Chapel Farm

会場となったOld Chapelは、古いチャペルの
外側を覆っていたコンクリートを、
大変な思いをして壊してはぎ取ったという。
下から、素敵な石積みの壁が現れた。

初日、文字のデザインをしているところ。

chapelの中

内装はまだ手を入れている最中だった。
古い素敵なガラスが入って、ロフトも付いて
暑い日もひんやりと涼しい。

デモするJohn Neilson

今回たった3人の参加者だった。
主催者のKevinがどうしても習いたくて
キャンセルにならなかったようだ。
だから前回と違い、じっくりと
教えてもらうことができた。

Johnのデモ

とはいっても、John Neilsonは
前回のEricとは違い、もとフランス語教師だった
というだけあって、職人ではなかった。
できるだけ生徒にさせて、
どうしても、というところだけ
教えてくれる。
生徒の苦手と思われるところを
ちゃんと見抜いて、的確に指摘してくれる。
Ericの時はすぐに彫ってくれて、
黙っているとどんどん彫ってしまって
かなりの部分彼が彫ってくれた。
職人によくあるタイプ。
教えるより自分でやった方が早いからだろう。

2日間のコースだったので、
1日目の午前中が文字のデザインで
午後から彫り始めることにした。

他の2人はシンプルな文字にしたので
すぐに彫り始めたのだが、
私は2回目ということもあって、
ちょっとデザインに凝りたかった。
そこで、モダンバーサルをデザインして
すこしバウンシング(でこぼこ)させたら
思いの他難しく、
とうとう1日中デザインにかかってしまった!



Old Chapel Farm 1

初めてWalesに来た。

Caerswsという駅で主催者のKevinが待っていてくれた。

今回この「Old Chapel Farm」が主催する

LettercarvingのWSに参加した。

ロンドンから列車に乗ること3時間半。

車で20分程度ですごい田舎道に。両側は草が茂り、

車が1台やっと通れるくらいの道幅。

数キロ走った先にそのFarmがあった。

周りに家は1件もない。


母屋


wwooferさんたちの部屋と

考古学研究所の事務所などが

ある棟


茅葺屋根の家と

wwooferたちの洗濯もの


羊と牛と馬と犬2と鶏。

10年前に屋根も壁もほとんどない状態のこの家

(牛小屋として40年使っていた)付き土地を購入。

ほとんど人の手を借りず、自分たち夫婦で手をいれて来て、

やっとあともう少しというところまで来たという。


WS参加者やwwooferが多い時に

使うYurt(パオ)。


ダイニングの暖炉


ここの主人のKevin


床下暖房とセントラルヒーティングも手作り。

薪や風車などSustainable(環境を破壊せずに持続可能な)

ライフをできるだけ目指し、

畑と牧畜でほぼ自給自足している。


泊った部屋からの朝の眺め


ここの犬が毎朝飛び込むという池



Tree house


Kevinは考古学者としてあちこちで仕事して、この地に落ち着いた。

Cambrian Archaeological Projects & The Wilderness

Trust Ancient Arts, Creative Futures」

を主催し、今でも古いカテドラルに調査に行ったり、

100個以上持っている古い地層の土のサンプルを

調査して、当時の人々がどんな植物を栽培し、

どんなものを食べ、どんな草木が生えていたのか、

などを調べているそうだ。

その他、バスケット作り、木工、自家製のウールを使っての

フェルト作り、そして今回のレターカーヴィングなど

アート&クラフトのWSも様々開催している。


世界中からWWOOFER8人も来ていた。


 ※ウーファーとは、オーガニックに関する農業などをしている

 農家に肉体労働をただで提供する代わりに、

 宿と食事を提供してもらうという、全く金銭のやり取りが

 発生しないシステム。

 雇う方と雇われる方は会員の登録(有料)が必要。


フランスのベルサイユ、チェコのプラハ、ドイツのベルリン、

スペインのバルセロナ、NY, 台湾。

食事は10人以上の若者たちと共で賑やか。


ランチの準備をしていたRachel.

彼女は2日前にNYから来たばかりの

ウーファー。








隣に座ったスペイン(カタルーニャ)人のJordi

音楽の才能があるらしく、ピアノを弾いて

曲や歌を作りながらWWOOFであちこち回っている。

もう2年になる。

自分の曲のCDを時が熟した時に出すそうだ。

夕方自作の曲をピアノで弾いていた。

クラシックとジプシーの雰囲気が混ざった、

なかなかいい感じの曲だった。


天井から星を眺めながら

お風呂に入れる。

まるで温室のようなバスルーム。


台湾の女の子は大学3年生。

夏休みに英語の勉強を兼ねてきた、というかそれが目的らしい。


とにかく、出てくるすべての食事は

ここで作られたオーガニック野菜とここで育てられた動物の肉。

人参パイと煮たケールと小さなジャガイモのオーブン焼きと

レモンケーキが今夜の食事。

野菜一杯でシンプルだけど、すごく満足。

ホームメードのジュースとプラムワインも。


10人くらいでいつも賑やかな

ダイニングテーブル

食後の皿洗いや片づけは

人手があるから、あっという間にきれいになる。


Kevinの奥さんのFranもナチュラルで飾り気がなくて、

とっても素敵な人だ。

このFarmにとっても似合っていると思った。


みんなの世話で忙しいけれど

いつも笑顔を絶やさない

Fran。


3日前に生まれたという子牛にミルクをやらせてもらった。

牛は近くでみると、目がとってもかわいい。

まつ毛が長くてカールしていて、本当にマンガのようだ。

ロマンチックな顔をしていると思った。

子牛もすっごくかわいい。

舌はざらざらしていて、舐められるとちょっと痛い。

目の荒いサンドペーパーのよう。

でもとても優しくてじっとこっちを見てモオーウ!と

すっごく大きな声で鳴く。よく響く声!

考えたらこんなにじっくりと近くで牛を観察したことはなかった。


朝と夕方の1日2回

乳搾りをする。

ここの牛のしぼりたてのミルクを

初めて飲んだ。


3日前に生まれた雄の子牛。

母牛のミルクを半分もらって

ごくごく飲んでいた。


母屋の他に、茅葺の家、事務所とWWOOFERの宿泊部屋、

Old Chapel(これもほとんど自分たちで建てなおした)と

Yurtというパオのような大きな丸いテントが6張りくらい。

池やTree houseもあった。もう理想の環境だ。

もっと長くここに滞在したい、とすぐに思った。


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