Pesce家長崎に行く2

 

長崎へ出発の朝は早い。まだ完全に時差ぼけを解消していない子供たちは

早起きが苦手だが、なんとか予定の8時に出発。

前日ドライブしてもうほとんど日本の道路事情を理解していたマッシモは

快調に飛ばしていた。


快適にドライブするマッシモ

唐津から有田までの1車線はトラックが先頭を行き、のろのろ運転。

あまりの遅さにマッシモはびっくり。

イタリアでは考えられないスピードのようだ。

道路標識に40キロとあるのを見て

Inpossible(不可能だ!)

と繰り返す。

ヨーロッパは街中ならともかく、一般的に60キロくらいは出してもいい。

高速だったら100キロ以上。

もっと実質的な制限速度にして、ちゃんと守らせるようにした方がいいと思うのだが。

以前アメリカで車に乗っていた時、曲がりくねった道の制限速度は

本当にその速度以上出すと、危険だと感じた。だから、逆に標識の速度を

きちんと守れば安全だということになる。

必要以上に遅い速度で規制するのはおかしいと思う。

 

伊万里を過ぎ、佐世保、そして西海橋の手前でトイレ休憩。

長崎市内に入ったのは11時をずっと過ぎていた。

いよいよ街中で車も増え緊張(私が)してきた。

マッシモは全く落ち着いたものである。

しかし、長崎の町を知らない私のナビはかなり危険だ。


平和公園の下の駐車場に行きたくて、

ぐるっと回ってやっと辿り着く。

みんな本当に疲れた(と思う)。

ここの駐車場は午後8時まで最大600円とお得なのだ。

上に出ると平和記念像の前に出る。


平和記念像の前で











修学旅行の学生であふれていた。

韓国からの学生も多く、ちょうど像の前に並んで記念撮影をしていた。

マッシモを見つけて

みんな元気に「Hello!」と手を振るので、

マッシモも手を振って答えると、

さらに元気に両手を振ってはちきれんばかりの笑顔で

韓国の女学生たちが何か叫んでいた。

マッシモが彼女たちにカメラを向けるともう大変。

蜂の巣をつついたような大騒ぎになって、

みんなすごい勢いでアピールしていた。

なんとも元気のいい彼女たちだ。

マッシモはまんざらでもなさそうだった。

 

私たちが歩いて行く間、たくさんの学生たちとすれ違ったのだが、

みんな「Hello, Hello」と声をかけられた。

西洋人はみんなアメリカ人に見えるらしい。

マッシモはとってもサービス精神が旺盛だ。

イタリアなまりの英語で「How are you?」と返してやると、

話しかけてきた日本の女子中学生は「I’m fine think you!

ととってもエキサイトして返していた。

 

今回の旅行の目的である原爆資料館に入る。

館内ではぺルパオロが盛んに写真を撮っていた。

モニカは展示パネルの文章を熱心に読んでいた。

当時のアメリカのトゥルーマン大統領の言葉

「アメリカの数千の若者を救うために原爆を落とした」

というくだりを読んだ時モニカは絶句していた。

そのようなことが許されていいのか、と。

子供たちはなにか感じとってくれただろうか。


各国の核兵器の数を表示した

展示物を見入るモニカとペルパオロ

 

小さな食堂でちゃんぽんを食べる

ペッシェ家









お昼にちゃんぽんを食べて、市電に乗って寺町へ移動。

WSにも来てくれた長崎の生徒さんのH嬢に案内をバトンタッチ。

実は長崎が不案内な私は、原爆資料館を出たところで

彼女にヘルプの電話をかけたのだ。

もうお手上げだった。私にはとても彼らを案内することはできないと思った。

自分がどこにいるのかすらわからなかったのだから。

 

寺町電停でH嬢を見つけた時は本当にほっとした。

案内の責任から逃れた瞬間、

「とてもリラックスして見えるわよ。」とモニカに言われた。

よほど表情がこわばっていたのだろう。

やっと長崎の町を楽しめる余裕ができた。

すると、そこは何度も来てよく知っている商店街だった。

ウインドーショッピングを楽しんだ後、

おいしいコーヒーを出してくれる

小さなカフェに案内された。

そこは細い路地に椅子と台が置いてあり、

空の下でコーヒーをいただく。

そのコーヒーはとてもおいしくて、マフィンとブラウニーも手作り。

値段もとても良心的だった。


長崎はカトリック教会で知られているが、実はお寺もたくさんある。

教会がたくさん建てられていくのに反発して

仏教徒も頑張ってお寺をたくさん建立したのだと、H嬢が話してくれた。

その寺町に行くには長崎の街中を流れる中島川の石橋を渡る。その数12。

なぜこれほどまでに石橋が多く掛かっているのか。

それもお寺に行きやすいようにとの配慮かららしい。


路地に立ち並ぶせまい間口のお店や料理店を覗きながら歩いていると、

昭和レトロ風の懐かしい店構えのおでんやがあった。

モニカはすっかり気に入ったようで、ちょっと入りたいと言う。

そこでちょっとおでんをつまむことにした。

 

まるで映画のセットのような

店の中








初めて食べる「おでん」

モニカたちはもちろんおでんは初めて。

選ぶといっても何なのか分からない彼らの代わりに

私が適当に皿に取ってあげることになった。

しかし、なにが食べられるのだろうか???

無難な大根、厚揚げ、そして巾着などを

皿に盛ってあげた。

幸い、どれもおいしいと言って食べてくれた。

 

平和記念公園の駐車場を出たのは6時過ぎ。

マッシモの運転する車で、今度は途中まで高速を通って帰った。

私のいい加減なナビも、マッシモのすばらしい

ドライビングテクニックがカバーしてくれたので、

9時前には無事に銀河荘に辿り着いた。

(本当に途中の道は私も知らなかったので、

真っ暗な田舎の夜道を左側ぎりぎりに

川があったりとひやひやの連続だった)

 

子供たちは車の中では喧嘩もせず、ずっといい子だった。

時々ぺルパオロがかわいい声で歌っているのが聞こえてきて、

なごんでしまった。

役者志望だけあっていい声しているかもしれない。


この長崎行きの旅が終わって、私にとっては大きな責任を終えた感じだった。

誰も怪我などなく、無事に帰りついて本当によかった。


 

 


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