Annの親友たちと小旅行−帰りの寄り道編

お腹いっぱいの朝食を食べて、
採りたての新鮮なサラダ
(こっちの人はサラダで食べるような葉っぱものの野菜をこう呼ぶ)
とwild garlicを袋いっぱいもらって、
採取した土も拾った小石もスーツケースに詰めたら
もうぱんぱん。すごく重くなってしまった。

「帰り道はExmoorに寄って帰りましょう。」
とのKateの提案で、北側の海へ向かって車を走らせる。
Moorとは、荒れた土地で、Heath landともいう。
中学生の頃読んだ「嵐が丘」に出てくる
ヒースの丘を見られる、と思うと
またしてもワクワク。
私の中のヒースの丘はあくまでも暗く、びゅーびゅーと風が
吹きすさぶ、荒れた土地のイメージだったのだが・・・・。

途中に見えた茅葺のおしゃれな家。
田舎に行くと、素敵なかやぶき屋根の
家がまだ結構残っている。
かやぶき屋根のカットはいろいろあって、
おしゃれな幾何学模様にカットしてあったり、
シンプルになにもなかったり。
鳥が萱を取っていかないように
ネットを被せてある屋根も多い。

1時間足らずでExmoorに到着。
Bristol海峡を望む荒れた土地で、
ここ一体がナショナルパーク。
空気が澄んでいたら対岸の街が見えるとのこと。
この日は霞んでいて見えなかった。

背の高い木は1本も生えていない。
嵐が丘のイメージはくらい冬だが、
初夏のヒースは明るく、太陽の光が
さんさんと降っていた。
それでも、荒れた土地の感じはよく伝わった。
丘を吹き抜けるビュービューという風の
音は途切れることはなかった。

こんなところでも羊が放牧されていた。

その少し先の山の中に突然現れたPub。
The Hunters Inn。
この辺りではとっても有名らしい。
どこから来たのか、すごい人で溢れていた。
古くて立派なPubだった。
私たちはここでお昼ごはんのサンドイッチを調達して、
車を置いてハイキングに出かけた。
一体どこにいくのだろうか?

Heddon Valley National Trustの
看板が遊歩道の入口に。
 

とってもきれいな小川の横の
遊歩道をどこまでも歩いていった。


水はとてもきれいだ。
まるで日本の山の中を歩いているような
錯覚におちいる。
水遊びしたら気持ちいいだろうな。

1時間弱歩いたころ、突然目の前が開けた。
なんと海だった。

そして、ここにも大量のワラビが
茂っていた。
帰りに摘んで帰ったのは言うまでもない。


山の中の小川がそのまま海に繋がって
きれいな水のまま海に流れ込んでいた。

この浜辺でお昼ごはんのサンドイッチを
食べることにした。
大きな岩の上に座って、チーズサンドと
プローン(小エビ)サンドを食べた。
パブのサンドイッチはボリューム満点。
半分でお腹いっぱいになる。

よく見ると、この浜辺も小石ばかり。
Bidefordの海辺と同じ石だ。

横にそそり立つ断崖絶壁の壁から
大小さまざまな石が波に削り取られて
落ちていた。


この小石たちのお母さん岩にあの白い線が
入っていた。


きっと大昔に、この岩の隙間に入り込んだ
クオーツかなにかがそのまま固まって
白い線になったのだろう。
そこからあの小石たちが産まれていたんだ!
Devonの北の海沿いの地層はこんな岩が
多いのだろうか?

波は結構荒く、たしかに岩を削っているようだった。

帰り道。道の両側をきょろきょろしながら
歩いていった。きれいな植物やお花がたくさん。
primroseの可憐な花が
あちらこちらに咲いていた。

人がひっきりなしに通り過ぎている
とてもポピュラーなハイキングコースにも
関わらず、周囲の景観は手つかずのまま
残されている感じが素敵だと思う。

The Hunters Innの裏庭でピクニックする
人々。少し遅い桜が最後の花を
咲かせていた。
その下にも座ってくつろぐ人たち。
きっと花見の意識はないんだろうけど。


車に乗って、山道をがたがた走ってしばらく行くと
目の前の鉄橋をなんと汽車が走っていた!
汽笛を鳴らして、煙をあげながら。

Kateはこの汽車のターミナル駅を知っていた。
すぐ近くだったので、車で駅まで走っていった。
すると、ちょうど汽車が駅に入ってくるところだった。

この路線は個人が所有するもので、
1日に1往復だけ走っているそうだ。

駅にはカメラを持った人が他にもいた。
はしゃぎながら子供たちが降りてきた。

Bishops Lydeard駅。
Kateが子供のころ過ごした街の近くの駅。
この駅は汽車のターミナル駅として残っている。


Kateがついでだから、と言って
彼女が産まれ育った村を通って、
住んでいた家の横を通った。
「ここから私は学校に通ったのよ。」
彼女が住んでいた家もかやぶき屋根の
立派な家だった。今は誰か別の人が
住んでいるという。


「この塀によくみんなで座って道ゆく人を
眺めていたわ。」と家の隣に残っていた高い塀を指すKate。
肉屋、郵便局、小学校・・・今では
違う店になっているけど、まだ当時の
ままの姿で残っている。
それってなんて素敵なんだろう。
50年以上も前に住んでいた村がそのままの姿をとどめている。
私の子供のころ住んでいた街の姿は、もうどこにもない。
私の記憶の中にだけある。

イギリスの田舎を堪能する旅はこれで終わった。
Bath駅に帰りの列車の時間の30分前に到着。
夜8時半の列車に乗ってロンドンへ戻った。
ロンドンの街でバスに乗り換えて車窓から外を眺めていると、
まるで別世界にいるようだった。
透明で美味しい空気がもう恋しかった。




Annの親友たちと小旅行−エコ農場の暮らし編

 滞在したHallsanneryは予想をはるかに上回る
素晴らしいところだった。
何と言っても広い!
一体どこまでがここの土地なのか
よくわからない。
Kateの妹のPipとSalがそれぞれの連れ合いと一緒に
この場所を運営している。
動物たちの世話は主にSalの仕事。
2人とも80年代にこの土地を購入して
新たに農場を始めたとのこと。
いわゆる新規就農者だ。
その前は全く違う関係の仕事をしていた。
Pipたちはオイル掘削というどちらかというと環境破壊の仕事をしていたそうです。
「僕たちは以前は今やっていることとはまったく逆のことをしていたんだよ。
それで、いやになってエコロジーな今の生活を始めたのさ。」
とPipの夫のPete。
Salの夫はHallsanneryの上の階を貸し切って地質調査の仕事をしている。
その道では世界的に知られているそうだ。

裏に広がる動物たちの家と
牧場。
この豚ちゃんはPeteに
とってもなついていて、
まるで犬のように人懐っこい。

その奥にはかわいい子ブタちゃんが
たくさん!
近寄るとみんな寄ってきて
鼻を突きだす。


その横にはガチョウたちが群れていた。
毎朝鶏とガチョウの卵が何個も
取れるんだろうな。

牧場には産まれたばかりの子羊も。

牛舎には子牛がいた。

このラムは産まれてまだ24時間たたない。
朝の2時にSalが取り上げたそうだ。
動物を飼っていると動物中心の生活を
送らないといけないから大変。
この時期は特に、子供が生まれるので
どこにも出掛ける約束ができないそう。
でも、早朝2時に子羊を取り上げたとは
思えないくらい、Salはとっても元気で
楽しそうだった。

牧場から川が見える。

畑には何か野菜が植わっていた。

ミツバチの巣があった。

ミツバチたちは忙しそう。


なぜなら、周りのりんごの木が
花盛りだから。

「りんごの花はとってもきれいで
花の中では一番好きよ」
とPip。
よおーく見るとなかなかきれいだ。

ルバーブにわざとバケツを被せて
暗くして育てる。
するとひょろひょろと早く長く伸びるの
だそうだ。

冬の間は寒いのでビニルハウスで
サラダ(葉野菜)を育てている。
でも去年の冬は寒過ぎてこの中でも
育たなかったそうだ。

「いろいろな種類を少しずつ作っているの。
家族で食べるだけだから。」とPip。

ハウスの中はすごい湿気で
眼鏡が一瞬のうちに曇ってしまった。
外はさわやかな天気だったがさすが
ハウスだ。サウナ状態だった。

バスケットに野菜をたくさんつんで
ポーズを取ってくれた。
いつも笑顔を絶やすことのないPipの
自然体で生きている感じがいい。



Annの親友たちと小旅行-National Trust編その2

1本の丸太をくりぬいたベンチが置いてあった。
 
かなり大きな木の丸太の
どっしりとしたベンチ。

花以外にも面白い植物がいっぱい。
ツンツンと葉っぱが地面から出ていた。

葉っぱの真ん中から紫色の
花のようなものが出ていた。

道の両側にぎっしりと植えられた
さまざまな植物たち。
見とれながら歩いていると
みんなから遅れてしまった。

小一時間も歩くと元の場所に戻ってきた。
きちっと刈り込まれた生垣は木とは思えない。

よく見ると生垣の上を走っている動物が。

ここでは犬が向かい合って座っている。

チューリップ?
ちょっと小ぶりだが
姿が可憐で珍しい種類?

生垣の上を走りまわる犬たちを発見。


彼らは元気に飛び回っていた。

生垣をぐるぐる回り、
障害物を飛び越えて。


生垣と同じ木から作られているとは思えないくらい
とてもよくできていた。
こんなにかわいいTopiary(トピアリー)
を見るのは初めて。

最後にアート作品のようなトピアリーを鑑賞して
午後5時の閉園時間になり、公園の外へ出る。
とても自然に見えるけれど、公園の中は隅々まで
よく手入れが行き届いていることに感心してしまう。
これだけ広大な園内を保全するのに、どれだけの人が
働いているのだろう。
Kateが言ってた。
「ここのようなNational Trustで働いている人たちは
とても幸せね〜。きっと毎日が楽しいでしょうね。」
みんな同感。

そしていよいよ今日の最終目的地、Bidefordへ。

Annの親友たちと小旅行-National Trust編その1

ふたたびDevonの田園風景の中、
車2台のドライブは続く。
 
あちらこちらに菜の花畑が。
ドライブしながら彼女たちのおしゃべりも
果てしなく続く。
Kateがこんなことを言っていた。
"if you don't think about positive thing,
don't say anything."
(もし前向きなことが考えられないのなら
口を開かないで。)

なだらかな丘のアップダウンが続く。

次に訪れたのは
Knightshayes Court National Trust

広い庭園とビクトリア朝のお屋敷のある
美しい公園だ。

閉園の5時までは約2時間程度あったが、
広い庭園のすべてを回ることはできない。
Annはこの公園に来たことがあった。
なんとAnnは、National Trustのlife time
メンバーだった。彼女の祖母が子供の時に
誕生プレゼントとしてAnnに生涯会員権を
購入してくれたそうだ。

私たちは庭園のごく一部を
見て回ることに。

庭園の植物地図を貸し出してくれた。
これを見ながら回ると、どんな花や植物があるかよくわかる。



広い庭園の中を歩くAnnとそのともだち。

ちょうど季節はRhododendron
(シャクナゲ、ツツジ)が真っ盛り。


サーモンピンクのシャクナゲ。

これもシャクナゲ。
1本の木だろうか。
かなり大きい。

シャクナゲの色もサーモンピンク、
ピンク、赤、紫、白、黄色など
さまざまあるのにびっくり!




この深紅のシャクナゲは
強烈だった。



ブルーベルもいろいろ。










とっても可憐。
すべての花が下を向いている。

まるくてちいさくてかわいい。

木の種類も面白いものがいろいろ。
木の葉の色がグラデーションになっていた。
内側が濃い緑で外に向かって明るい黄緑色。

春の柔らかい新緑がまぶしく光っていた。
同じ緑とは思えないくらい、
木々の緑の色の幅は広く
本当に美しかった。





Annは何度も
「ほら、見てごらんなさい!木の緑の色って
なんていろいろあるのかしらねぇ!」
と街路樹や山を見るたびに感動していた。


Annの親友たちと小旅行-The Church of the Holy Ghost編

 馬の親子連れを見ながらのランチの後に立ち寄ったのは
とっても小さな村にある古い教会。



最初はなぜこんなどこにでもありそうな教会にわざわざ
立ち寄るのかわからなかった。
そして中に入ってみて、木のベンチを見てびっくり。
すべてのベンチの横に見事な木彫りのレリーフが
施されていた。

この教会の正式な名前は
The Church of The Holy Ghost Crowcombe
一番古い部分は14世紀に建てられたタワー。
その後15,16世紀に建て増しされていった。

教会のpriest(牧師)のpreach(お説教)は最初
立ったままで信者は聞いていたそうだが、
長く立てない人は壁際に寄り掛かっていたそうだ。
そこで、ベンチが必要となりPew
(教会の背もたれのついたベンチ型の座席)が
作られた。一番古いもので1534年の日付けが
刻まれているという。

それにしてもこのオーク製のベンチサイドの彫り物は
一体だれが彫ったのだろうか?


何十もあるレリーフはどれ一つとして
同じものはない。
植物、鳥、怪獣、神話や伝説・・・・。
Green Manのレリーフも2つあった。



製作者名はなく、その目的も分かっていない。
しかし、ひとつひとつレリーフを見るだけで
とても楽しい。
何百年も前に彫られたとは思えないくらい
とてもきれいに残っている。
どことなくユーモラスで、怖い怪獣たちにも
親しみを感じてしまう。



このしっぽが二つに分かれた人魚も
思わず笑ってしまう。

私たちはしばらくこの教会の中をうろうろしながら
ベンチのレリーフや天井の模様や
聖水盤に彫られたレリーフなどを見て回った。

このレリーフを除けば、他の古い教会と
特別変わったところのないごく普通の
ゴシック教会だ。

外には墓地が広がっていたが、
特に美しい手彫りの墓石は
見当たらなかった。
18世紀ー19世紀の文字の消えかけた墓石の中に、
職人の手彫りのきれいな文字が残っていた。
その当時は、letter carverという職業は
特になく、村の墓石屋が彫っていたという。
彼らの文字は、職人的で人間味があって
それなりに美しい。
ひとつの墓石に3書体以上の違ったハンドで
彫られている。
Annは「なかなか味があって素敵な文字ね」
と言ってこの墓石を教えてくれた。
確かに現代の機械彫りの文字とも
letter carverの文字とも違い、
19世紀の職人の手仕事の味が
残っている。


この時点ですでに午後2時を回っていた。
この後、National Trustの公園に寄るという。
ドライバーと一緒に、どのくらいで到着するかを
みんなでそれぞれ話し合っている。
5時半閉園で3時過ぎには到着するだろうという
結論に至った。
まぁ1時間半あれば見られるわよね、とみんな。
次の目的地のNational trustへと向けて出発した。



Annの親友たちと小旅行-Cheddar Gorge編

今回Annを訪ねたもう一つの理由は
Devonで行われるワークショップに参加することだった。
Annの親友の1人、Kateが主催して、
彼女の妹のPip(ピップ)が運営するB&Bとカンファレンスセンター
Hallsanneryで地元のアーティストPeter WardのWS
”Painting with the earth"を開催するというので
一緒に参加することにした。
そして金曜の朝9時半、Annの家に迎えにきたKateと
もう1人の友達JudyとIvonneと私の計5人、
車2台でのドライブが始まった。
距離にして約100キロと結構な道のり。
途中寄り道しながらの楽しいドライブとなった。

途中寄ったところのひとつ、チェダー峡谷。
日本でもおなじみのチェダーチーズの
産まれた場所だ。
チェダーとは地名で、この辺りは
石灰岩が切り立っていて洞窟がたくさんあり、
その洞窟の中でチーズを熟成させて
産まれたのがチェダーチーズとのこと。
他の地域で作られたチェダーチーズもたくさんあるが、
この地域で作られたもののみをチェダーチーズと
呼ぶようにする運動をしているらしい。

Kate曰く、「まばたきをする間に通り過ぎてしまう
ほんの小さなグランドキャニオンのようなものね。」
ところが、この峡谷の曲がりくねった道は
イギリスには珍しく、十分に山道らしくて
日本の山のようだった。
道の両側にそびえる切り立った断崖絶壁は
ロッククライミングする人もいるというくらい
かなりの迫力があった。


山のかなり上の方からの眺め。
遠くかすんで見える四角い建物3つ。
ブリストル海峡にのぞむ
Hinkley Point nuclear power stationである。
イギリスでは現在10基の原発が稼働しているらしい。

山道を進んでいると
羊の親子の群れが道をふさいで
くつろいでいた。
車でゆっくり近づくと、
やっと移動し始めた。

なんとイギリスの山にはわらびが
たくさん自生している!
ところがイギリス人はわらびを食さない。
だから蕨の摂り放題なのだ。

もったいない!

山の頂上付近はほとんど木も生えず
野焼きの後があった。


適当な場所を見つけて
ピクニック。
持ちよったスープ、サンドイッチ、
コーヒー、おやつ・・・・。
ちょっと風があったけど
気持ちよかった。



野生なのか、周囲には馬もたくさん放牧
されていた。
馬の親子も何頭もいた。
春はどこも親子連れが多い。

ランチの後は古い教会のある村へと向かった。

冬のParisその4−シャンゼリゼ大通り

 コンコルド広場から凱旋門までの
シャンゼリゼ大通りは、ルイヴィトンなどの
ブランド店の入った建物が立ち並ぶところまでの数百メートル、
道の両側に数十件の露天がずらっと並んでいた。
チョコレート、クレープなど甘いものやホットドッグ、
ピッツァ、ホットワイン、おもちゃ、工芸品、
アクセサリー・・・・寒いのも忘れて
つい見入ってしまう。
でも、基本的に値段は高めだ。
ホットドッグ7ユーロ(約850円)にはびっくり。
ジャガイモとチーズ(の粉)玉ねぎ、ベーコンを
大鍋で煮詰めたもの1杯7ユーロ。
これが、高カロリーだがおいしくて
おなか一杯になった。
とても人気で直径1メートルほどもある
巨大な鍋があっという間に空っぽになっていた。

寒くても見ていて楽しい露天

ミニ遊園地も来ていた。
マイナス20度の中で鑑賞する
氷の彫刻というのがあったが、
これ以上寒いところに入る気なんてしない。
でも結構お客さんが入っていた。

こんな巨大滑り台も。
1回3ユーロで2回滑れる。


元気な女の子がトランポリンに挑戦していた。
楽しそうだった!

折り紙建築のカードも。
1枚5ユーロ(600円)だった。
結構安い?

オベリスクの横に観覧車が。
London Eyeよりもずっと小さい。
2周10ユーロ。


metroのコンコルド駅のプラットフォームは
壁も天井もアルファベットタイルで覆われている。
意味のある言葉かと思ったが、わからなかった。

Parisではついつい歩いてしまうので
万歩計を見ると1日で二万歩以上歩いていた!


晩秋のAmmerdown

 Ann Hechleの住むSommerset地域は
Cider(りんご酒)で有名で、
今年はAnnの庭のりんごの木も例年になく豊作だったという。
毎日のようにおびただしい数のりんごが地面に落ちて、
まるで落ち葉を掃くように、りんごの実を拾い集めては
箱に詰めていた。
虫食いが少ない、きれいなものは出来るだけ無駄にしたくない、
というAnnの気持ちから、何箱も何箱もAmmerdownへ
届けているらしい。

この前、WSの反省会を兼ねて彼女を訪ねた時も、
「りんごを拾い集めてもらえるとうれしいんだけど。」
というAnnの言葉に喜んでりんご拾いをした。

あっと言う間に6個の箱いっぱいになって、
それでもまだりんごの木の下は半分くらいりんごで
埋まっていた。

りんごの詰まった箱をいくつも車に乗せて、2カ月ぶりに
Ammerdownへ向かった。
9月末のAmmerdownに比べて
ぐっと紅葉が進んだ木々が秋の陽を浴びて
とても美しかった。

売られていたポストカードのような
風景が広がる。

イギリスの秋の太陽は低い位置にあるので
昼間でも影が長い。

キッチンのシェフにりんごを持ってきた、と伝えると、
Sour face(渋い顔)をされたから、もし、いらないと言われたら
どうしようかと思ったわ、とAnn.
「ゲストにあげてもいいし、料理やデザートやら
とにかくここなら無駄にならないと思って。
もしどうしても使えなかったらコンポスト
にしてくださってもいいから。」
と一生懸命のAnn。
結局、若くて感じのよい女性が出てきて
「喜んで料理させていただきます。」
それを聞いてほっとした。
Annもうれしそうだった。

その日、空っぽに近かった私のバッグは
帰りはりんごでいっぱいになった。
家で、最近覚えたばかりの
Apple crumbleを作って食べた。

合計40個!キッチンは箱いっぱい
のりんごの香りで包まれている。



Veniceの休日ーおわり

 2泊3日という短い滞在だったにもかかわらず
その中身はとても濃くて、
思いもよらない体験がたくさんできた。

そして、最後の締めくくりが
Ewanとリアルト橋の上で待ち合わせ。
お昼前のわずかな時間を使って
日本でのWSについての打ち合わせをすることになった。
少し早く到着したので通り過ぎる観光客を観察していた。
とにかく、人の多いVeniceの中でも一番密度が高いんじゃないかと
思うくらい、たくさんの観光客でごった返している。
お正月の太宰府天満宮を彷彿とさせる混みようだ。

和服を着ていた私は、何人かの旅行客から
写真を撮ってもいいか、と尋ねられた。
一体なんのため?
と思ってしまう。
それほど着物は珍しいのだろうか。
確かに和服姿の日本人はVeniceでは見かけなかったけれど。

たくさんの旅行客でごった返す
リアルト橋の上


時間になって、Ewanが姿を現した。
そして
「僕がこの橋で一番好きなところはどこだと思う?」

ー?????

「それはね、この橋の手すりなんだよ。
ここをよく見てごらん。
ほら橋の内側の方はツルツルだろ?外側は石の荒い部分が残っている。
人々が触っているうちに磨かれたんだ。すごい時間を感じられるよね。」

ーこの橋は何年前に出来たのかしら?

「約500年前!」

ーそれじゃ、500年の間にこの大理石が人々の手で磨かれて
こんなにピカピカになったのね。


白い大理石の手すり。
写真ではよくわからないが、
確かに手すりの内側半分は
ピカピカに光っていた。

近くのカフェでお茶をしながら、Venice最後の時間を過ごす。
そのあと、最後のランチをするレストラン"Madonna"へEwanが案内してくれた。
彼は先約があり私1人でランチ。
ここは、リゾットがおいしい、ということで、一度行きたいと思っていた。
お昼を過ぎていたので、もう入口には10人程並んでいてちょっと待たされた。

私はリゾットだけ注文したが、周りを見渡すと、
5人や6人の団体が多く、フリッター(揚げ物)、伊勢海老の詰め物のようなの、
パスタ、肉、魚、そして締めにリゾットと、何皿も平らげていた。
すごい食欲だ。
リゾットだけでおなか一杯になって、店をでると入口にはさっきよりも
たくさんの人の列ができていた。
フランス人旅行客らしい男性たちが、私をみながら、
"Tres joli! "と口ぐちに言う。
和服の効果はすごい。

狭い路地のウインドー・ショッピングは
いつまでもあきない。

このお店はステーショナリーを扱っていた。
ウインドーディスプレーも素敵。

このミニチュアの机のセットは
とっても細かくてよくできていた。
小さな引き出しに本や楽譜が詰まっていて、
1つ€65とあった。


歩いて30分くらいでやっと空港行きの
バスが出る広場へ着いた。
とても暑くて真夏のような日差しだった。
汗びっしょりになっていた。

バスは一般の路線バスで、旅行客の他ローカルの人も乗ってきた。
しかし、すでに出発した時点で満員だった。
途中まで赤ちゃんが泣き叫ぶ声がバスに響き渡っていた。
ただでさえみんな大きなスーツケースを持っているので
出入りするのも大変だ。

約40分でやっとMarco polo空港に到着。
出発ゲートに並んでいたら、数列先に見覚えのある顔が。
Ewanの親友のAshokだった。
なんと彼も私と同じフライトだった。

並んで席を取れたので(easyJetは座席指定がない)
おしゃべりしていたら帰りの2時間もあっという間だった。

窓側の席からVeniceの街が眼下に小さく見えた。
あの混み合ったまるで小人の島のようなところに
いろいろなドラマが繰り広げられているんだ・・・・
と感慨深かった。
いつまでも窓に顔を押し付けて見送った。



Veniceの休日ー夜編その3

途中、道を歩いているEwanとDavidを見つけ、
Claudioが大きな声で呼んだ。
Ewanが、「カメラを持って来るんだったよ!」
「君が本当にSandoloを漕いでいたという証人に
僕がなるからね!」
と(ワインが入ってますます機嫌がいい)Ewanは
私たちのボートを速足で追いかけながらしばらく話をしていった。
そしてイギリス人特有のほめ言葉の連発で
最後に見送ってくれた。
漕ぐ手にますます力が入って
ファルコンから外しそうになりながらも、
なんとか姿勢を崩すことなくその場を取り繕った。

あっという間に1時間半以上が過ぎていた。
もう夜の10時近い。
帰る途中、今度はClaudioの奥さんと娘さんを船着き場で見つけた。
2人は親類の家に行った帰りだった。
岸に着けて、2人を乗せると対岸へ渡って2人を降ろした。
家まで一緒に行くのかと思ったら、船よりも歩く方が早いのだと言う。
近道があるのだろう。

私も最後の方はやっと慣れて、「オーエ!」の
掛け声も大きな声で言えるようになっていた。

到着して、船の中のものをすべて陸に上げてきれいに片づけた。
濡れているうちは上にカバーができないのだと言う。
木が傷まないように。

そのあとちょっと家に寄ってアイスクリームを食べて行かないか、
と誘ってくれた。
奥さんと娘さんはもうとっくに帰っていた。
夜も遅い時間なのに、アイスクリームに招待してくださるなんて
なんて親切な奥さんだろう。
娘さんはもうベッドに入っていた。
3種類のアイスクリームをいただいた。
それは彼らがわざわざ買いに行っている
ヴェニスでも特別のオーガニック・ジェラートのお店だという。
GROMとは別のお店だった。
”ALASKA"というそのお店はすべて本物を使った手作り。
人口的なものを一切使用していない。
味は・・・今まで食べたジェラートとは
確かに違っていた。
ピスタチオ味がすごかった。
しょっぱいのだ。
こんなに塩味を利かせたジェラートは生れて始めてだった。
もちろん十分甘いのだけど、さらに切れのある味わい深さだった。
そこの主人の名前がまた
Carlo Pistacchi(カルロ・ピスタッキ)。
ピスタッキとはピスタチオのこと。
「きっとこの名前をもらったときにこの仕事をすることが
決まっていたのでしょうねぇ。(笑)」と奥さん。
本当に名前ってその人の運命を左右するのかもしれない、と思った。

ほどよい肉体疲労を感じながら、
夜のヴェニスを歩いて帰った。
これは夢だったのかもしれないと、
こころのどこかで思いながら。



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